2026年03月20日(金)
No.709
'23年11月、京都市が、大型給食センター建設用地に充てるため、南区の東吉祥院公園を廃止。翌年5月、この廃止の取消を求めて裁判へ。公園自体や災害時の避難場所、スポーツの環境を奪われる、近隣にお住まいの方々や、私のように、当時、孫が中学生だったことから、給食は自校方式でと望む立場からの者たちも含め、原告に名を連ねて訴えました。先日、3月17日は、いよいよ最後の「最終陳述」。弁護士の先生たちから、廃止は廃止要件を満たしておらず違法であり、取り消されるべき、と陳述して頂きました。裁判長から、判決は4月23日(木)午後1時半から、との話があり、この日は終了、その後の報告集会で感想などを出し合いました。
以下、私なりに、この間を振り返った経過を書きましたので、転載します。写真は、当日裁判後の報告集会の様子と、地方裁判所外観です。
※ ※
<経過を振り返って>
最裁判も大詰めを迎えました。最終磐の運動の参考に、これまでの経過を私なりに振り返ってみました。 '26/2/10 井上けんじ
市は「廃止」と言いながら、公園の必要性がなくなったとかその程度が低くなった等とは言わない、言えない(「スポーツ公園充足」論も、いわば弁解の類で、積極的に廃止の根拠となるものではない)。公園自体の必要性の有無や程度は全く議論がなく、都市計画審議会(以下「都計審」)でも「(代替公園も)種別が同じだから」程度の話しだけ。センターと自校・親子方式との、それぞれの特徴や功罪等々の比較検討や、そもそも「廃止」の可否自体についての議論がない。「種別が同じ」「面積確保」等は、本来の廃止理由があった上での条件の話しであり弁解であって、直接の廃止の理由にはならない。'23/11/22の説明会では「未定」と言いながら、その2日後に文市局が廃止の起案、11/30廃止としているが、その時の「廃止の理由」欄の「代替設置の為」も本来の理由にはなりえないことは明らかである。
初めにセンターありき、民間大手の営利事業への委託ありき、が本質だと思う。ところが市は、説明会や都計審理由書では「センター建設の為」と言いながら、実際の都計審の場では「それは文市が廃止した時の経過の説明で、廃止議案とセンターは無関係」の一点張り。市と打合せ済みだと思われるが、委員長も「センターのことは知らない。既に廃止との実態に合わせる。廃止しなければ公園残ってしまう」等々。自校方式にすればセンターは不必要、公園も廃止しなくて済む。調理過程が見えてこそ教育としての給食、との私たちの建設的代案も提起。遠くて行けないことが決定的であり、「代替」としての要件を満たしておらず廃止は違法、取り消されるべき。
都市計画法では「(都市計画は)審議会の議を経て決定、変更」。,箸海蹐市長告示の「廃止」は、その議を経ていない。都市公園法による「廃止」も代替要件を満たさず違法。従ってこの違法な「廃止」を「既に廃止されているから」とする審議会への提案理由も不成立。従って審議会も前提崩壊でその議決も無効。審議会自身も、市民の意見書につき、センター関連意見の排除、恣意的な提出、公聴会未開催の理由を明らかにしない等々の問題あり。
以上、超短縮版の経過と私見ですが、私の経過解釈と意見を裏付ける為にも、以下、もう少し詳しい経過を振り返ります。
2024年5月、京都市による「東吉祥院公園の廃止」処分の取消・撤回を求める訴えを提出。論点は3つ。仝園廃止の場合、都市公園法上「代替公園」確保が要件だが、それを満たしておらず違法、△燭世任気┥ない市のスポーツ公園を減らすことになる、8園廃止の目的は「大型給食工場」建設用地に充てる為、であることから、各自校方式にすれば廃止の根拠がなくなる、との給食提供方式への提案。
時々のスローガンや目標に変遷はあるものの「小学校のような、全員制の中学校給食」の実現を求める市民運動が20〜30年来取り組まれ、遂に市と市教委が、2023年1月、実施を発表。長年、市は(親の)「愛情弁当」論を掲げ、後ろ向き。「給食」とされた後も、実際は業者の弁当で、それも全員ではなく申込者への提供だけ(申込みは20%前後、又はそれ以下)。申し込まない生徒は自宅からの弁当持参やパン等を買っての昼食でした。長年、背を向けていたのに、市と市教委は、1月の実施発表後、その10〜11月頃、突然、高校移転で公園に戻るハズの場所に大型給食センターを建てると言い出しました。「自校方式ではなく大型給食工場による一括調理・配送方式」を決定、その場所として、塔南高校グランド跡地(元々、公園だった土地を市が市教委に高校用地として占用を許可、この頃、高校の移転によりその役割を終えることになった土地、公園)を充てることが決定されたものです。23/11/9の京都新聞でも「消極一転スピード決定、長年消極的だったが、今年、突然表明してから10か月足らずで方式や時期を固めた」との記事。
今回の公園廃止は、センター建設が目的で、これは、市も市教委も、再三言ったり書いたりしている。今頃になって、市と市教委は「子育て支援」とか「持続可能な」などと、とって付けた理由でセンター化をごり押ししようとしています。ではこの10年来、背を向けてきたことをどう総括しているのか、そのことを曖昧にしたまま、今、急に中学校給食の「意義や必要性」の問題と、「その方式」との議論を、意図的に混同させ、意義があり必要だ、だからセンターだと一足飛びに押し付けようとしているのです。これが前段の経過です。
1、23/11/8、議会で、中学校給食について大型給食工場方式で、と市教委が発表。地元としては、同/13付、市教委「公園廃止説明会」とのチラシがいわば発端。「塔南高校が移転、給食工場を計画、そこで、公園の廃止について説明会を開く」。11/22にその説明会。資料曰く「公用・民間含め有効活用を検討しているところです」「センター方式導入、高校グランド跡地に整備の計画」そこで「公園を廃止する」(甲2号証)。 峺‘い靴討い襪箸海蹇廚覆匹判颪ながらその同じ文書に「公園廃止」。⊇仞覆市教委だけの異常。一行政委員会ではないか。市長部局の中の某局ではない。市教委は市から許可をもらって占用、いわば借地人で地主は京都市なのに、なぜその市教委が廃止の説明をするのか?「市長部局とは打ち合わせた上」との言い分は、百歩譲って「今後土地をもらう立場だから」と言ってみたとしても、敢えて市長部局欠席の理由にはならない、出席を妨げる積極的な理由にはならない、出席した方がより丁寧なのは明らか。F辰紡綢惴園の説明は市長部局の責任と権限。実際、代替公園を手配したのは建設局等。「16条2項」との説明は2号の誤りで説明不備。「センターの説明会なのか公園廃止の説明会なのかどちらか」との質問が出たのは当然。市教委の説明では「都市計画法に基づく廃止に向けて手続き を進めていく、代替公園整備の上で廃止…四公園を地域の皆さんの憩いの場となるようにしていきたい、代替公園確保を条件に廃止、手続きのスケジュールは未定」等と言いながら、後述の通り2日後には「廃止」起案。「整備の上」も「確保を条件」も抜きに。時期も不明の先送り。説明会は紛糾のまま終了。
2、市教委が市に返してから廃止したのか、借りている状態のまま(市から言えば貸しているまま)廃止したのか、その後井上から文化市民局に聞いたが曖昧な返事で判然としない。後になって「廃止と同時」と、とってつけたような返事であった。しかし今にして思えば、「12/1に文化市民局から教育委員会に移管」と議会でも答弁、また11/24に廃止の起案をしたのは文化市民局だから、少なくともこの日には既に市に返却されていたハズだと思える。許可申請までして借り、市長も「公園が荒廃しないように」等々との許可条件まで付けて貸し出す等の経過のある占用許可なのに、返却の手続きが全く不明朗。その後、議会答弁や'24/3/8付「南区考える会」の要望への市教委からの回答等でも、市は「廃止後の所管は12/1に教育委員会に移した」とはいうものの、これは勿論市長部局から移したということだから、ではその前の「市教委から市長への返却、占用許可解除」の時期や手続きはどうだったのか、という点は、市も市教委も一貫して曖昧にしたまま。意図的になのか、そんなことはどうでもいいと思っているのか(だとすれば杜撰極まりない)、「市教委へ移した」こととを意図的に混同。
3、その「廃止」だが、11/22説明会では「未定」と言っていたのに、その僅か2日後の/24、その説明会に出席もしておらず従ってそのリアルな様子の体感もない文化市民局が廃止の起案。説明会は全くのアリバイだったのか。その廃止の理由には「代替公園設置」とのことだが、これは要件であって理由とは言えない。これが理由なら市内どこにでも自称代替公園を設けさえすれば、その必要性の有無や程度等無関係にどこでも公園を自在になくすことができてしまう。同/29に市長名で告示、翌/30に廃止とされている。不思議なことに、その直後の12/5、その廃止の経過について議論された市議会委員会では、その文市局が「公園の所管につき12/1に教育委員会に移管した」と言うだけで、質疑としては当然、5日前の「廃止」の報告をすべき流れなのに、告示や廃止のことは全く報告せず。翌/6日の別の委員会でも、今度は建設局だが「教育委員会と文化市民局で廃止の手続きを進めているということをお聞きはしているが…詳細は把握できていなかった…」と、「代替公園」確保の責任部局でありながら驚くべき答弁。
4、市は長年、背を向けてきたのに、やっと‘23年初めに重い腰を上げた。)寨茲覆藥圓鳳いて10年の総括が要る。給食要求は、前提として原則自校方式であった。
/22の説明会でも、その要望も出された。従って、10年の総括は仮に横に置いたとしても、やっと実現との到達の上に、では次の課題として「方式」の検討に移るはずであった。ところが市は、少子化対策に資する為、等と、給食の意義ならぬセンターの「意義と根拠」へ議論を飛躍させる。給食の意義・根拠と、その方式のあり方とは問題が別なのに、意図的に混同させ、給食の意義をセンター方式の根拠にすり替え。これは、10年間背を向けてきたことを曖昧に済ませたいのと、しかしやっと気づいた意義を、今度は自分たちこそ先駆だと言わんばかりに、方式の検討抜きに一足飛びに、無理矢理センターに直結させたいからである。辛うじて、区別して方式独自のことを言うとしても、「持続可能」程度のことしか理由を挙げられない。私は、給食の意義に気が付くのが遅かったと非難しているのではなく、意義の点で一致できた今、その到達の上に、では今度は方式の議論をしましょうと言っているだけである。
5、'23/11月末のどさくさ紛れの「廃止」を私たちが知ったのは、翌'24/1月下旬の
「都市計画審議会への市民意見募集のチラシ」が出回ったことによってであった。市は「HPに掲載」とのことだが、多くの市民が細かい部分まで見ている訳ではない。そのHPを、私は'24/1/29に見たが、それは市教委の'23/11/28付のページで「吉祥院公園の廃止について」とあり、「塔南高校は開建高校として元洛陽高校跡地に移転…跡地活用を進めていく…この活用の一つとして…給食センター建設を計画…そこで廃止することについて…説明会を実施したのでお知らせします」とある。見出しは「廃止」と言いながら本文では「説明会を実施したので、お知らせします」となっている。
6、「廃止」の手続きについて公園法には書かれていないので、電話で市に聞いたところ、「開設の場合の『告示』という方法を準用した」との回答であった。しかしこれは独断的且つ恣意的な解釈であって、そもそも16条は公園の「保存」と謳われ「こういう場合は廃止してよい」ではなく「みだりに廃止してはならない、こういう場合以外ダメ」であり、よほど例外的なこととしている。万一廃止の場合にはよほど慎重な手続きが要るということだと思う。そもそも都市計画上の都市施設である公園を、都市計画の手続きを経ないで、どうして「廃止」できるのか? そしてその都市計画審議会では「既に廃止されているから」が廃止議案の理由とされ前提とされているのである。これは同義反復であり堂々巡りであり自家撞着であって、市長の恣意的な独断で何かを決定しそれを既決とするならば、都市計画審議会は形骸化どころか無くてもいいということにさえなりかねない。’23/11/30の廃止は手続き上の疑義があり、従ってまたその「廃止」を提案理由とする審議会の議決は無効であり差し戻されるべきである、審議会で言われていた「防空緑地」云々や「公園の計画はない」との廃止「理由」は、前者は戦前の防空など今日不要なのは当たり前でとってつけた代物、この際どさくさ紛れの寄せ集めの類で、後者は単に方針を述べているにすぎない。答弁書では11月の一般的な説明会と都市計画法上の手続きとを混同し、両者の区別を知ってか知らずか曖昧にしているようであるが(P23)、説明会開催をもって、公聴会を開いたなどとは到底言えないことは明らかだし、説明会は紛糾のまま終わった。審議会については、市には公聴会開催を必要と認めなかった理由を明らかにする責任がある。
7、2/5の市長選挙で新市長の意向による変更があり得るにも拘わらず、その直前の1月 下旬、「廃止に向けての都市計画審議会への意見募集」のチラシが出回った。当審議会の議題は「公園の廃止」だが、その理由が「既に廃止されているから」「センター建設の為」というものであった。廃止云々の議題は、市長の独断ではなく審議会でこそ、一から議論すべきであり、追認を求めるかのような提案理由は、前提でもないし、また提案理由になっていない。経過から言えば、 23/12/1に市長により「廃止」、その後、⇒癲24/3/28の都市計画審議会でも「廃止」が議決された。しかし,蓮都市計画法上の手続きを経ておらず違法である。被告答弁書でも(P23)上の,鉢△亮蠡海を意図的にかどうか、混同し、ごちゃ混ぜにして、その違いを無視ないしは曖昧にしている。今後、市が「,呂箸發く、△砲弔い討亘‐紊亮蠡海を踏んでいる」と、主張してきたとしても、△悗猟鶲突由であり前提とされているー体が虚構であり法違反であることから無効であり、△悗猟鶲突由としては失格である」と言えると思う。
8、審議会では、センターについては、委員の再三の質問に「議題とは関係ない」の一点張りであったが、廃止が議決されれば、それは即ちセンター容認に連動することは、提案理由の説明から言って明らかである。この点については、井上からも「都市計画審議会での公園とセンターとの関係はどうか」との市民意見を挙げていたが、審議会配布資料には、そこまでのことは書かれていなかった。審議会としてセンター設置に責任が持てるのかどうか、審議会の都市計画上の性格と、センター容認という教育上の課題とが照応せず、別の問題を意図的に混同させる問題を孕んでいたと思われる。「廃止」議決が、=センター建設であることは提案理由からいっても明らかである。広域避難場所という重大な機能が損なわれることも含め、憩いの場・スポーツの場としての公園自体の必要性の有無や程度ということについては、提案理由でも討論でも、主要なテーマにはなっていない。アプリオリというか、初めに「既に廃止されている」ありきの審議会であった。審議会委員長は一貫して「廃止の後の利用は分からない、センターは別問題、関知しない」と、廃止理由をどう読んでいるのか、全く理解に苦しむ発言が続いた。
9、早期実現はみんなの願いである。だから市は大型センター方式だと言うが、根拠はなく精査が要る。むしろ、原則自校方式の小規模分散型の方が、同時併行で早いのではないか。また費用の問題はどうか。「民間のPFIの方が安くつく」との市の言い分だがこれも精査が要る。「安くつく」根拠はどこにあるか。私は「市直営」派であるが、民間への事業費は市からの委託費であり、これは市直営でやっても同じハズだ。では「安くつく+受託会社の利益分」はどこから生み出されるのか。市の委託費から生み出されるしかないとすれば、市の委託費が、直接、会社の利益に直結し、更に安くつく為にはどこかへしわ寄せする以外にない。人件費か、若しくは、どこかの部分の支出削減しかない。そういう運営への疑問がある。更に言えば、完成後の調理や運営等、そもそも教育としての給食事業が営利対象でいいのかどうかとの根本的な問題が横たわっている。市と市教委の、国・文科省言いなり、公務の民間開放路線の検証が必要だと思う。
10、設計もSPCだが、性能発注では、品質確保への危惧はないか。建設資材や運営費用等々、今後の費用負担増加の場合、それは誰が賄うのか、市の追加負担なら「言い値」にならないとの根拠はあるか。常々「公より民間のノウハウ」などと自らの能力を卑下し後退させている京都市に、それらの計算の力や裏付けはあるのか。
11、思うに、11/22の説明文書冒頭にある通り、また/24の決定書でも「移転を機に…跡地活用検討」、更に議会や翌年3/28の都市計画審議会等でも市が言っているが、行財政計画の一環として、既に2021/8月から塔南高校移転後の活用について、特に工業地域であることが強調され、民間活用も含めて検討が続けられてきた。今回、‖膩織札鵐拭爾自校方式かという論点とともに、∋堋庄弔民間かとの論点が設定できるとすれば、市にとってはセンターと民間化は一体で、初めにセンターありき、と言うより、私見では民間大手企業への委託ありき、ではないか。今、京都市では、規制緩和・自由放任に留まらず、立地補助金や減税、誘致企業への優遇、市街化調整区域ですら開発促進、等々、むしろ意図的積極的に大手を応援する政策が進められている。こういう市の一連の産業政策の流れに沿って、民間大手への運営の委託、公務の民間化政策を出発点と考えると、10年も背を向けながら 中学校給食が超特急で動き出したこと、占用許可との経過やその返却の手続きを曖昧にしてきたこと、説明会のいい加減なこと、常識では考えられないような場所を「代替」などと強弁すること、密室で「廃止」を強行した後に都市計画審議会ではそれを金科玉条に「既に廃止されている」の一点張り、廃止理由に挙げながら「センターとは別」への固執、等々、この間の、摩訶不思議な経過の正体が見えてくる。公園廃止はこの拙速な急流の一環であり、いわば市の大手企業優先政策の「いけにえ」の結果ではないか。市にとっては、グランドを含む塔南高校跡地全体を如何に民間活用するか、が本命であって、地域住民にとっての公園や避難場所の意義、スポーツ公園の拡充といったようなことは第一義的なことではなかった。すべて後付けでいい訳をしたりとってつけたような弁解に終始していることの謎が解けた。今回の事例は、公園自体の必要性の有無や程度が、直接の検討対象にされた訳ではない。工場を建てたい、民間大手に運営を任せたい、事業を提供したい、その為に場所が要る、だから廃止だ、と。いわば、市の大手優先の産業政策のあおりを食らったのが、公園であり、避難所を奪われた近隣住民であり、また教育としての給食を奪われた生徒たちだという次第ではないか。公園廃止は、必要ないから、ではない。目的ではなく結果であり、あおりであり、しわ寄せであるというのがコトの真相ではないか、と私は思う。
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2026年03月15日(日)
No.708
3月11日で、15年を迎えました。当時、現地に行って感じたことを書いた文書を、そのまま転載します。至らぬ内容や認識不足等の点も多々あろうかと思いますが、当時の認識と私の発展段階との制約と限界によるものと、どうかご容赦下さいますように。かといって、今ならもっと成長・発達しているとの保障は全くありませんから、敢えて、今の段階で書き直すこともしませんでした。
※ ※
東北地方の地震・津波・原発被災地視察報告
2011/5/16 日本共産党市会議員団 井上けんじ
5/13〜15日の3日間、「民主市政の会」のメンバー2人とともに(「会」の一員として)、計3人で被災地の岩手・宮城・福島三県を視察した。今回は、支援とか聞き取り等の予定はなく、専ら、見て回り、被害の実態をありのままに実感することが、とりあえずの目的であった。もちろん、その実感を、今後の活動に活かしていくべきことは当然である。
1、行程・概要等
(1)位置付けを一言で言えば、前文の通り。
(2)13日昼に新幹線にて出発、東京経由、夕方に岩手県最南部の一関市に到着、投宿。
(3)14日朝、レンタカーにて一関駅前を出発。真東に向かい、岩手県陸前高田市に到 着、海岸や市役所、市街地であったと思われる一帯を視察。一面、がれきの野原状態であるが、主要な道路だけは通れるようにしてある。市役所庁舎も構造が辛うじて残っているのみ。丘の上の公園か宅地開発予定地かは不祥であるが、プレハブの仮庁舎も拝見。被害を免れている給食センターが支援センターになっていた。鉄道は、橋が崩壊しているが、その前に線路自体が流失している。
(4)海岸沿いに南下の予定であったが、途中の橋が被害を受けたりしているので不通に つき、少し内陸部に戻ってから南下、宮城県の気仙沼市に入る。陸前高田市と同様の状態であるが、火事の跡があり未だ焦げ臭い臭いが残っているのと、大きな船が海岸から数百mもの位置に打ち上げられたりしているのが大きな特徴であった。港内に円柱形のタンクが沈んでいたり(半分海面から顔を出している)、岸壁自体が崩れていたりしているので、港湾の再開・利用も、本格的には相当時間がかかると思われる。
(5)再び内陸部を迂回して南隣の南三陸町へ。他の地域と同様、がれきの中にも、強い 建物は構造だけは残っている。三階建ての屋上部分に、漁港などでよく見かける数珠のようなウキが引っかかっていた。海岸線には近くても小高い丘の上にある中学校は全く被害がなく、逆に平地部分ではかなり内陸部に入っても、特に川沿いなどでは、被害が甚大であった。中学校の校庭にはプレハブの仮設住宅が建てられ、また他の学校でもほとんどがそうであったが、自衛隊がテントを張り駐留している。近隣のがれきの撤去や行方不明者の捜索に当たっているものと思われる。要所交差点での道路の交通整理・道案内は警察が当たっている。
(6)更に南下して石巻市へ。海岸通りが不通なので、移動は視察を兼ねず、専ら文字通 りの移動のみ。住宅地では、各家はほとんど被害がないのに、ある家の裏庭には遠くから流されてきたと思われる乗用車がひっくり返っていたりしており、実際の被害のありようは、既成概念による経験や単純な推測の範囲だけでは推し量れないような、いろいろな力が複雑に働いているようでもある。そういえば、車の散乱はどこの町でも同様であり、ほとんどがぺしゃんこになったまま放置されている。
(7)更に南下してこの日は仙台にて宿泊。辛うじてホテルがとれた。被災者が泊まって おられるのかどうかは不明であるが(それらしき人は見かけなかった)、どこも一杯とのこと。
(8)翌15日は仙台市の海岸部を視察、やや内陸よりでは、恐らく農地だったと思われ る広大な土地が、がれきの荒れ野原となっている。浜辺の防風林だと思われるが、大きな木が根ごと流されて相当の内陸部で横たわっている。海浜部は松林、海水浴場のようであるが、老人ホームも建物だけは残っていた。南側に隣接する名取市へ行こうとするも、名取川を渡る橋が通行できず、またまた迂回してようやく南下。しかしこの名取市をはじめ宮城県南東部の地域は素通りし、福島県北東部の、所謂、浜通りを南下。国道6号線が海岸より数百m内側を走っているので沿岸部の様子は不明。とはいえ道路より海側では、これまでに見た光景とほぼ同じ。農地が広がっていたと思われる。北から順に相馬市・南相馬市などと続くが、南相馬市の途中、その南部の第一原発から20km余り来たと思われる地点で「立ち入り禁止」との看板。警察官によると「許可証がないとダメ」とのこと。そばのドライブイン駐車場では、自衛隊員が白い防護服に着替え、ジープで禁止区域方面をめざして出発するところであった。
(9)禁止の看板のすぐ北側(禁止区域の外側)約5kmぐらいの所が南相馬市の中心街 であるが、さすがに人通りはすくないものの、店は開いており食事にありつくことはできた(もっとも国道沿いなどではコンビニは普通に開いている)。店主の話では「ギリギリであっても、ウチはあくまでも禁止区域の外側だから安心。原発からもっともっと距離は離れていても、例えば飯館町が禁止区域になっているのは、方角の問題。水素爆発の時の風向きとその後の検査による判断」とのことであったが、敢えて反論はせず。JR常磐線はそんなに損傷は見受けられなかったが止まったまま。
(10)Uターンして北上するが、今度は国道6号線より海側の道のうち、通行可能な部分 を走る。火力発電所が2か所ほどあるが、ここも被害を受けた様子であった。サーフィン場のような渚公園もあったが、防波堤も大きく崩れ、大きなテトラポットがかなりの陸地側まで流されていたりしていた。
(11)宮城県に戻り、名取市にある仙台空港を視る。施設のあちらこちらにロープが張ら れたり覆いの板が張られたりして、送迎のデッキ等にも行けず、簡単な搭乗手続きカウンターと乗降客の改札口があるだけ。水道も止まったままで、トイレも簡易浄化槽のようなもの。電気も来ず、自家発電とのこと。仙台市内とのアクセス鉄道も止まったまま。ロビーの隅で、屋台のような土産物店が一軒のみ。飛行機の便数も通常よりは減便状態とのこと。
(12)夕方、仙台に戻りレンタカー乗り捨て返却、新幹線にて東京経由、10:30頃帰京。
2、当面の京都市議会での課題
当面する5月議会及び、市の防災対策総点検作業が佳境に入っていく時期の、今後の常任委員会や9月議会での課題として、以下のような項目が考えられる。
(1)今回の災害の被災者と被災自治体への、市としての、現地へ行っての支援。
(2)被災者の来京に際し、住宅や仕事の確保などの支援。
(3)京都の事業所にとっての、今回の災害を原因とする影響の実態把握、調査や、それ にもとづく支援。
(4)今回の災害を、京都の防災にどう教訓化するか。
そこで、引き続く補強加筆を前提としつつ、今議会の議案に即して、とりあえず視察直後の感想めいた範囲に限って、以下、書くことにします。
(1)自治体の現役の職員が何人か亡くなられていることや、市庁舎自体が崩壊、また各 種のデータなども失われていると思われます。本市としても、職員の一時的及び長期的派遣で、被災自治体への支援を急ぐべきだと思いますが、その際、人的・財政的に京都市民にどのように影響するのかの検証は必要だと思います。要は、市がボランティアで取り組むのか即ち更なる市債の発行等で派遣財源を賄うのか、それとも国が必要な裏付けを措置するのか、がひとつの論点になるものと思われます。またどこにどういう支援が求められているのか、その職種や部署、専門的ノウハウの発揮等々、効果的な派遣のための事前準備が肝要であろうと思います。
(2)これは、今回の視察では直接現地被災者の皆さんに聞き取りをしたわけではないの で、一般的に、住宅や仕事の確保・支援を、という以上に新しい観点があるわけではありません。ただ、仕事の確保と言った場合、ただでさえ就職難で市民もまた求職に四苦八苦の現状ですから、仝的就労機会の拡大と、企業の社会的責任としての雇用人員拡大、及び、O働時間短縮・残業縮小等による雇用機会の拡大、などの具体的な裏付けが不可欠だろうかと思います。
(3)狭義には、まず市自身が実態把握の努力をすべきであり、それに基づく支援は当然 ですが、広義には、今回の震災の影響に留まらない(或いは、今回の震災対策を契機として、その対策を通じて)、そもそもからの地場産業・中小業者・企業の抜本的な支援策が、むしろこの機会にこそ求められるのではないかと私は考えます。「ベンチャー」重視、観光産業重視、或いは「洛南進都」重視だけでは、京都経済の底上げには繋がらない。
災害の階級性つまり簡単に狭く言えば災害被害の程度が貧富の差によっても異なっ てくるという意味で使われたりする言い方ですが、私見では、復興のあり方もまた階級的性格が問われているのではないか、その典型が政府の言う「創造的復興」であり「消費税増税」だと思います。京都というより全国的な課題ですが、こういうやり方ではダメだという声を京都からも挙げていかなければ、庶民増税では、むしろこの項のテーマである業界支援にも逆行してしまうことになるのではなかろうか。
(4)京都への教訓
1)市の防災対策の総点検での組織的前提は、消防局任せ・学者先生任せにせず、各局・区が、災害のあらゆる想定とそれに基づく対策を自らの頭で考え、その上で局横断的・全庁的な総合的対策に練り上げていくことだと私は思う。
2)また、私が従前から指摘してきたように、「災害時にどうするか」とともに、「災害が発生してもその被害を最小限に食い止めるために、災害の発生前の今からどういう準備をしておかなければならないか、こそが重要」との認識を、あらためて確認したい。今回の防災会議では、総点検のスキームとして、相変わらず前者偏重のような印象を受ける。自然現象と、その被害としての現象、地震で例えれば、地震自体とその被害である震災とは別なのである。前者は防ぐことはできないが、後者は防いだり減じたりすることはできる。この違いの認識は、すでに美濃部東京都知事時代の震災予防条例(※)において示されている。この発想がなぜ後退したか。背景には臨調行革から新自由主義に至る路線あるが、思うに、「その時どうするか」との問題意識からは、必然的に「(市民の皆さんは)ああしなさいこうしなさい」との自己責任路線に通じ、逆に「今からの準備」という議題設定からは、公的役割をどう発揮するかとの議論に接近していくことができる。逆に遡れば、市長サイドはここを避けたいために自己責任を強調し、またそのために「その時どうする」に偏るのである、と私は思う。
(※)「地震は自然現象であるが、地震による災害の多くは人災であると いえる。従って人間の英知と技術と努力により、地震による災害を未然に防止し、被害を最小限に食い止めることができるはずである」
3)話を元に戻して具体的に提起する。1)について、例えばこれは仙台の例であるが、 人工透析患者が病院機能の低下のため透析をうけることができないという事態の発生 に対し、というより2)の立場から言えば発生を想定したうえでどういう対策を今からとっておくか、という立場から、この総点検会議に「保健福祉局長」が臨むことができるか、保育所の耐震改修が必須だと点検会議で主張できるか、民間だけれども公共的施設である法人の老人ホームの耐震化が不可欠だと主張できるか、市民の住まいであるUR住宅の耐震化が必要と、例えば都市計画局長が主体的に言えるかどうか、民間の事業所の耐震改修をどう促進するかと産観局長が言うかどうか、九条通りの跨線橋の強化をと南区長が言うかどうか、ここら当たりが、私の言う1)の立場である。例はいくらでもある。
4)勿論2)の前者の立場も私も否定しているわけではない。例えば災害後の避難所に おいて、高齢者や障害者の十分なケアのためにどういう体制と態勢を準備しておくの か、やはりここでも後者の観点が要る。今のように、福祉事務所と保健所と民間の介護事業所とがバラバラで民間にばかり責任を押し付けているような体制で、本当にイザと言うときに集団的組織的に対処できるのかどうか、市職員である看護師が一体何人要るのか居るのか、そういう検討がこれまた様々な想定のもとに必要である。
5)すでに議論され始めていることであるが、原発被害想定も、今回新たに京都市の防 災計画に加えなければならないことは当然である。加えて、既存の原発の存在を前提とした計画だけに止まらず、より根本的な災害対策として、その原因自体を取り除くという方向での議論が要る。ここでも、前述の通り自然現象とその被害とを区別する発想に立てば、原発はすぐれて人為的な所作であり、従って根本的な原発災害防止策として、原発自体の廃止が目標として設定されるべきは当然である。
3、民主市政の会の政策と運動方針立案にどう活かすか
「会」の企画として同行したのであるから、視たままとはいえせめてたとえ僅かの参考程度にでも何らかのお返しをしないと、折角の視察の意味がない。とはいえ、はじめに触れたように、今回は文字通り外から視ただけの第一便であったから、本格的には、もっと総合的集団的な教訓化作業の場と機会が必要であろう。しかも市防災会議専門委員の土岐教授によると「今後の可能性である大都市圏の震災については、今回起こったことではなく起こらなかった事からも学ぶべき」とのことであり、だとすれば、今回の視察報告も、あくまでもその一端を分担するにすぎないことをご容赦願いたい。
(1)「会」の防災政策立案に向けての留意点・政策の枠組み
1)教訓として活かすべき範囲と限界をまず前提として踏まえる必要がある。現地で感 じたことであるが、このような想像を絶する被害の要因は、見たところ地震そのものよりもむしろ津波の方が割合としてはずっと大きいと思われる。一方、我が京都では地震は最大級を想定しておくとしても、津波による被害は考えにくい。単純で安易な適用は控えるべきだと思う。しかし桂川や鴨川、宇治川などが決壊し洪水となるケースなどの想定には活かせるのではないか。まず地震と大雨の区別と関連の上で、水の力による被害という共通点による教訓を引き出すべきであろうと思われる。
2)市の防災対策の総点検の作業の進行を見ながら、それへの批判と補強、論戦を通じ てこちらも政策化していく政策立案過程が必要であろうから、すでに上述の通り、2の(4)で触れたことは、この項でもあてはまる。重複は避ける。
3)局横断的・全庁的発想を敷衍すれば、政府や京都府との連携も欠かせない。前述の 通り例えば河川や国道の管理は政府であり原発対策や被災者の雇用対策などと言えば 府との調整も要る。民間の鉄道会社なども然り。
4)前述の通り「今からの準備」と「起こった時、しばらく経ってから」等の区別と関 連を考えながらの立案作業となると思う。市民がすべきことと市がすべきこととの区 別が必要で、市としての政策・計画である以上、後者が中心となるのが当然である。往々にして、現行の市の計画などでは市民に説教を垂れる式のもの、或いは同じことであるが「自助」を強調するものが多く、ここは大きな分岐点になると思います。
5)市民・住民の「胎内から天国まで」のあらゆる想定と対策が要る。特に今回、陸前 高田市役所の惨状を見て、市役所の機能にダメージを受けた場合の対処とその予防策 を、区役所や各出先機関も含めて考えておく必要性を痛感した。合わせて、福祉法人とか外郭団体とか地域の自主防災会等々、民間とはいえ公共的な分野を受け持つセクターとの連携にも考慮が要ると思われる。同市でも社会福祉協議会の仮事務所で活発な人の出入りが見受けられた。
(2)広義には(1)に含まれる政策課題であるが、ある意味では、来春に向けての政策 の、ひとつの目玉にもなりうるしまたそうしていかなければならないところから、原発政策については独立して項を起こす。
1)「安全神話」からの脱却とともに、「福井県からは距離がある」との神話からも抜 け出さなければならない。事故の程度によっては、近畿一円が「地元」にもなりうるとの想定が必要である。まして市民への水の供給源である琵琶湖は原発銀座に文字通り隣接しているのである。
2)当面、総合的に点検し直すことや災害想定のレベルを引き上げること、それに応じ た対策の強化などを求めるとともに、古いものから順に廃炉への抜本的転換をはかり、 その見通しとスケジュールを明らかにさせていく。
3)その際、電力供給への市民の疑問に応えるためにも、代替エネルギー政策と「節電 社会」への転換を大きく打ち出すようにしてはどうか。後述の通り、これは単なる文章上の政策提案に止まらず、市民運動としてその輪と世論を広げながら取り組んでいく必要がある。
(3)そこで、自然エネルギーの研究・開発・実用化などくらしのあり方について、狭義 には経済政策として、広義には、将来に向けた維持可能な京都市のあり方のベースになる基調として打ち出してはどうか。
1)乱暴な言い方をすれば、今日の成熟社会では、モノによってはすでに過剰生産状態 であると思う。本来なら市場で調整されるべきものが、政府の介入や社会的強制によって、いわば需要が力づくで作り出されていると言ってもよい。車などはその典型だと思いますし、またペットボトルやビンなどのあり方はムダのこれまた典型であろうと、私は思います(自称、ペット不買同盟会長です)。抜本的な労働時間の短縮と、「何を作るか」が問われているのではないか。とはいえそんな議論は横に置くとしても、少なくとも、小単位のエネルギーの研究や実用化は、今後のモノづくりと中小企業支援の、一つの、重要な方向にはなりうると思う。誘導が要る。要は需要喚起とそのための仕組みづくりだろうと思います。市自身による研究と実用化・市民への供給という方向もあり得ても良いのではないか。エネルギー供給のあり方についての法改正等も必要にはなってくるとは思いますが。
2)敷衍して言えば、狭義のエネルギー政策のみならず、社会のあり方として、維持可 能な社会とか、最近の言葉で言えばグリーンニューディールと言われる、そういう方向を大胆に打ち出して、これからの京都はこの路線で行くんだ!とのメッセージを発信するような提起は如何でしょうか。
3)従ってこの路線は、単に原発や火電に変わる電気の供給源をどうするかという議論 に止まらず、需要の浪費を減らしていく方向でもある。従って更にそれは必然的に、狭義の「節電」だけでなく、社会のあり方として「大量生産・大量消費・大量廃棄」を見直そうという方向にも発展していく。そいう意味での維持可能な社会をめざし京都をめざそうというものである。従ってこの路線は必然的に、経済政策でもあり環境政策でもあり、また都市計画政策でもあり、更には文化や教育・福祉政策にも連なっていくものである。
4)当面どこから何から出発するか、或いは具体的なイメージを持ちやすいように、以 上の話しを例示するとすれば、− − 中小企業支援Cでの代替エネルギーの研究と開 発、普及、販路の拡大等、また水族館や溶融炉はやめる、高速道路はこれ以上作らない、車の抑制、緑地や公園の拡大、近郊農地や森林の保全、等々。
(4)上述(2)の3)にて触れた通り、原発見直し、代替エネルギー研究、ムダ遣いスト ップを市民運動として取り組んでいく。その政策の実現を求める運動に取り組みなが ら、選挙に向かっていく。いわば要求運動型選挙、市民運動型選挙として、支持拡大しつつ運動していく、運動しつつ支持拡大し、結合していく。企画としては、シンポや集会、市へのアクション等々、また組織的には、経済団体・環境団体・農林関係など多様な分野に働きかけていくようにしてはどうか。
4、結局君は何を視察してきたのかと思われるようなレポートになってしまい、大変恐縮です。小学校の頃にチリ津波がありましたが、今回の惨事を見て、あの時の教訓は生かされたんだろうかとあらためて思います。やはり最大の教訓は「災害は忘れた頃に『必ず』やってくる」「備えあれば憂いなし」ということであろうかと思います。
回覧にて写真を添えましたので参考にして下さい。 トメ
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2026年02月25日(水)
No.707
南区内、油小路通り東寺道交差点の改良を求め、2月24日、府議会に請願書を提出しました。請願者は、「やさしいまち南ネット」代表の加納孟さんです。森吉治議員らに紹介議員になって頂きました。請願書の内容は以下の通りです。
※ ※ ※
<請願の趣旨>
京都市南区の、国道1号線、油小路通り東寺道交差点の南側にも、東西方向の横断歩道を設置されたい。
<請願の理由>
本交差点では、交差点東西側に南北方向、北側に東西方向の、横断歩道が、三カ所ありますが、南側には、東西方向の横断歩道がありません。このため、東西方向の横断が北側横断歩道に限られ、特に、交差点北西隅が。大変混み合います。この隅は、角の部分のすぐ北側(交差点上る西側)には北行きバス停があり、また隅の部分の西側(交差点西入北側)は、人がすれ違える程度の幅の歩道と片側一車線の車道とになっており、その間には安全柵が設けられています。東西赤信号時は東行きを待つ人や自転車であふれ、また青信号時は、東側から渡ってきた人や自転車が、またここで混み合います。東寺道を東進、この交差点に入って、左折北進・直進・右折南進をめざす車も少なくありません。西進する自転車や人にとっては歩道幅が狭く、またこの隅へ渡ってから南進しようとする人や自転車は、当然、この隅で南北が青になるまで待たなければなりません。
求めている位置(南側東西方向)の上には横断歩道橋がありますが、これは横断歩道を設置しない理由にはなりません。近くの京阪国道口など、横断歩道と横断歩道橋が併設されている交差点はありますし、また何よりも、自転車や乳母車では歩道橋は渡れません。南側東西には、この歩道橋の柱があり、東側の少し南には油小路通南行のバス停もありますが、これらも、歩道を設置できない理由になるほどのものでもないと思われます。
現地も調査して頂くなどして実情を御拝察の上、是非、設置して頂きますよう、よろしくお願いいたします。
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2026年02月25日(水)
No.706
京都市が「駅前再生に係わる有識者会議意見まとめ(案)に対するパブコメを募集しておりましたので、不肖、私からも、意見提出しました。以下は、その応募意見です。
※ ※
京都駅前の再生に係わる有識者会議意見まとめ(案)への市民意見
年齢 70歳以上、南区在住
全体として、抽象的な表現や美辞麗句の類の言葉があふれており、具体的にどうしたいのか何が言いのかが、よく解らない。駅前広場のイメージ図(P1・5)や「まちづくりの方向性」との図面(P7)中、「人中心の広場へ」との説明など、現行のバスターミナルやタクシー乗り場が撤退しているかような印象を受けるし、P5の(2)の「〜空間づくり」の説明も、そう思って読めばそう読める。もしそうなら、ハッキリと、現中央郵便局を60mビルに建て替えその中にバス停群も入れると書けばいいではないか。既に発表されている、この建て替え計画について全く言及がないのもよく解らない。持って回った言い方でケムにまきながら、その実、後になって、あの時の有識者会議でちゃんと書いていたではないか、と言いうるようなカ所や表現が、よく読めばちりばめられている。或いは、それは別の方針書で既述だ、とでも言うのであろうか。まことにヌエのようなまとめ(案)と言うべきである。
そこで、その「ちりばめられている」、看過できない内容・方針について、以下、意見を書きます。「人口の減少が…顕著である」と言いながら、その要因として「オフィス空間が不足」との認識であれば、それは全く逆である。むしろ、「不足しているから」といって、これまで、国や市が駅前の規制緩和や開発を進めてきたことが地価と、従って住宅価格の高騰を招き、特に若者や子育て世代の流出の要因になってきているのである。実際、マンション購入を希望されながら高くて手が出ず、せめて安い大津方面等へ転出された事例などもある。不足しているから流出しているわけではないし、仮に不足しているとしても京都市のその対応が間違っていることが流出の原因になっている。または、市自身がなぜそこまで対策を云々しなければならないのかとの類の話しである。例えば買い物難民対策などでは市は「それは民間の話し」などと言って放置しているではないか。大手か庶民かの、行政としての公的対策の対象設定が逆なのである。
もっと言えば、そもそも不足かどうかの検証が要る。本当に不足なら、なぜ水道局本庁舎移転だったのか、勿論、所有者の意向があるとはいえ消防署やエビスクの移転や撤退に対する市の対応はどうだったのか。これは駅前だけのことではないが、未だに市自身が「オフィスビル」をあちこちに賃借占有しているなら一体何の為に本庁舎を建て替えたのか。いわば、架空の「オフィス不足」を演出し、その対策と称して誘致と緩和を進めようとするから地価が上がり流出するのである。流出防止の為と称する「不足対策」は、逆にますます流出に拍車を駆けるマッチポンプでしかない。
結局、「オフィス不足」は開発促進の為の口実なのである。よく読めば「ビジネス…創造拠点」とか「国際競争力」云々とか、本音が出てくる表現があるが、要するに、土地のみならず、地上の公共空間をも、民間の営利事業に提供しようとするものである。規制緩和は、それだけで、土地・建物の所有者に、いわば不労の利益をもたらすものであり、何故わざわざ行政が、「強きを助ける」ようなことをするのか。「戦略的な誘導」(P4)というが、現行規制では何故整備が進みにくいのか、何故規制を緩和する手法なのか、根拠も理由も不明確で、これらも結局は、初めに「民間投資を促す」発想ありきから出発している故ではないか。駅前という公共空間であればこそ、まして今回の案のようにその駅前整備を公が分担するわけであるから、その周辺に立地を得た事業者にとってみれば、開発利益はいわば必然である。むしろその利益の公共還元や、そこに立地を得なかった事業者とのバランスの為、規制・抑制を図るのが行政の役割ではないのか。45mでも高いし、まして60mなど論外である。土地の所有権は地下・地上にも及ぶなどと言えば言うだけ、では「大深度法」はどうなるのかと反論したい。大手開発業者やゼネコンの、まさにご都合主義と言うべきである。地上空間はみんなのものであり公共のものであり、「視点場」の見地から言えば、A地点からB地点を望む線上の真下の土地の所有の高度利用は、その視点を妨げることになるからという論拠によって制約を受けるのである。もっと言えば、もともと土地自体、有限であり本来は公共のものであり、これは、世界の常識は日本の非常識、日本の常識は世界の非常識、の類の話しである。自分の所有だから地上も含め何をしてもいいという訳ではない。だからこそ市民の住環境や景観を守るための公的規制が要るのである。こんなことは既に釈迦に説法で失礼な話しではある。敢えて書かなければならないところに、市政の深刻さの現状が浮き彫りになっている。
通勤の利便性というなら、駅前に公営住宅があってもよい。現行のような入居資格を限定する低い所得基準を撤廃若しくは緩和し、低廉良質、且つ所得に応じた家賃にすればいいだけのことである。人口も増える。世界の大都市の中心駅の前には老人福祉施設がある場合もあり、また広い広場と低層建築物、高い尖塔があるとすればそれは芸術的ともいえる教会のもので、その高さが却って良好な環境と景観の要素になっているという例もある。美術館や博物館があってもいい。なぜ「ビジネス」を前提としたような議論にしかならないのか。
さすがに、駅の南側・八条口では、今回は針小路通りまでの計画となっているようであるが、かといって同通り以南には影響が及ばないということでは決してない。まさか京都市自身がそんなことを意図しているとは思えないが、結果としては、針小路通り以南でも、既に立ち退きや地代・家賃の値上げ等の問題が起こっている。値上げもまた、「立ち退き狙い」であるとも言える。代替え住宅としての近隣市営住宅は何回応募しても、さっぱり当たらない。昔なじみの低廉な地代や家賃で高齢者世帯や単身非正規労働者等に貸すよりも、ドンと高層賃貸住宅に建て替えた方が、ケタ違いの収入になる。借地人・借家人との交渉を嫌って、それなりの価格がまとまったのであろう、すでに転売されている借地借家もあり、この場合もまた、借り主にとっては、立ち退きや値上げとはまた別の不安材料にもなっている。職住近接が京都の特徴であり、また京都一の駅前にもどっこい市民は住んでいる、というのが京都と京都駅の特徴である。住んでいる市民の住環境や、その前提として、住まいの存在自体が脅かされている、既に立ち退きを余儀なくされているといった現状は、有識者会議ではどのように認識され、また議論されておられるのであろうか。
駅が近いということから、簡易宿所や住宅宿泊施設が増え、これも、近隣・周辺地域の地価高騰の要因になっている。今回の駅前再生とは、直接的には別の問題ではあるが、住んでいる住民にとっては、固定資産税や地代・家賃等の高騰や住むこと自体への影響という点では共通の背景となっている。狭義の駅前整備というだけでなく、関連・周辺施策としては、併行して議論されるべき課題ではあろうかと思われる。
なぜビジネスの話しにばかりなるのか。税収増への期待という側面があるかも知れない。またその背景には、全国的慢性的な地方自治体財政危機が横たわっているかも知れない。だとすれば、この課題にも触れて、意見の最後としたい。一般には無視されることが多いが、法人税法自身やその他各種の租税特別特別による、大手ほどその恩恵を受け得る大幅減税策が、我が国の法人税収の大幅減収の要因になっている。周知の通り、地方自治体の法人市民税もまた、この「法人税」×税率であるから、課税標準たる「法人税」自体が安くて低ければ、市民税もまた、その国税減税の恩恵を受けることになるのは当然である。これも国策だが、金融課税が、分離・減税策なのも、自治体財政にとっての税収減要素となっている。「法令の」範囲内という制約があるというなら、せめて国への政策提言とか要望とかの方法もある。「ビジネス偏重」論の背景に、もし税収確保の為との動機があるとするならば、こういった根本的改善方向への課題についても併せて議論が必要であろう。もっとも、京都市にとっては、財政云々よりも、市自身が、市民生活や景観よりも大手の営業活動支援の立場に立っているから、と言われればそれまでのことではあるが。
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2026年02月15日(日)
No.704
生活相談が本当に増えており、何とかお役に立てればと、必死に対応に走り回っている毎日です。刑務所や拘置所に入っている方からの差し入れ要請や出所後の生活についての手紙を頂いたり、役所からのハラスメントかどうか、心の病の方もおられます。サラ金や民泊対策など、古くて新しいご相談も絶えません。国と市による京都駅周辺の規制緩和の影響で、家賃や地代の値上げ、立ち退き等の問題も少なくありません。転居先と言っても、これもまた国と市の「持ち家政策」が要因ですが、南区の市営住宅は30〜40倍の倍率で、全然当たりません。民間の賃貸物件も、特に高齢者にとっては簡単ではありません。親しい大家さんとは、常に情報交換しています。生活保護とか、医療・介護の保険料、一部負担金・利用料等々の支払いが大変とのご相談は、絶えることがありません。最近は、引っ越しのお手伝いとか文字通りの「アッシー君」役とか、自前の宣伝カーが大活躍です。法律事務所の先生方や事務員の皆さんたち、また司法書士の先生には、本当にお世話になっています。
どんなご相談でも、国や市の政治の壁が立ちはだかることが少なくありませんが、最近、未払いの残業代を数百万円規模で遡及支給実現という成果が実りつつあり、近日解決の見込みです。さすがは弁護士の先生のおかげです。私の試算より高額になりました。裁判に至らず、先生が、会社との交渉で示談として頂きました。私は先生を紹介したり、本人さんを激励したり労基法の説明をしたりしてただけですが、本当に嬉しい結果になりました。また、これは先生に依頼せず、私で対応中ですが、労災の申請も通り、現在、療養補償給付が実現、休業補償も申請中です。会社の協力が得られない状態ですが、その旨の申告もして監督署には受理してもらっています。ほんの僅かの事例ですが、こういう労働問題は、その背景に、もっと多くの潜在的案件が横たわっていると思われます。実際、職業病と思われるケースで、確かにその証明は簡単ではありませんが、思い切って申請しようと提案しましたが、残念ながら本人さんが「監督署が会社に来たりしたら困る」と断念された事例もありました。明らかに「ブラック」と思われる企業を退職、従って社宅とされていたアパートも退去、といったケースで、これは福祉事務所とも相談・連携の上、何とか住居の確保や今後の生活再建に、今、繋がりつつあるとの事例もありますが、如何に正しいことでも一人で会社に立ち向かっていくことは非常に困難です。もっともっと埋もれているケースがたくさんあると思われます。更に幅広く相談窓口を拡げなければと痛感しています。
税金や保険料が払えない等、役所が相手当事者である場合などは、やはり立場が弱く、相談というよりは、気の強い人は喧嘩になったりすることもあって、間に入ることもあります。相談窓口とは思いにくいのでしょう。市ももっと市民向け職員の人員増や相談窓口の門戸拡大など、そして勿論、暮らしや福祉改善の制度見直しなど努力すべきでしょう。それでも、先日は、これは宇治市の例ですが、生活保護申請にあたり、水道も止まりそうだとの現状を訴え、「京都市では水道局と福祉局とで連携を図るように私も求めてきた」と紹介して、宇治の場合、幸いなことに水道局も同じ市役所内にあり、その場で福祉事務所職員が本人に同行して「命の水を止めないように」と折衝、保護費が支給されれば水道代も払えると約束もして何とか給水停止ストップが実現しました。この福祉事務所職員さんには本当に感謝です。
書き出したらキリがありませんので、とりあえず最近の活動報告の一端の紹介です。
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