2026年08月31日(月)
No.248
プーチン・ロシア大統領が訪問したというのでニュースになった「北方領土」であるが、そもそもこれはどこの島のことか。この「北方領土」の表現こそ、私に言わせれば、コトの本質を曖昧にするヌエのような言い方であり、この言葉を使っている限り、返還への展望は見えてこない、というのが私の意見である。
政府やマスコミでは、ロシアがどうだ、返還せよ等々と言う時は、決まって「北方領土」との表現が使われる。しかし私に言わせれば、この言い方は極めて曖昧である。イヤそれは歯舞・色丹・国後・択捉の四島のことだとの答えが返ってはくるだろう。だとすれば、それより北の千島列島は返してもらわなくてもいいのか、と更に言いたい。歴史的には前述四島のうち前二島は北海道の一部、後ろ二島は千島列島の一部で、そもそも区別が必要である。またほとんど無視されることが多いが、スターリンの蹂躙が根本問題とはいえ日本政府自身も、戦後の平和条約で「千島放棄」と署名している。「北方〜」が曖昧なのは、実は、私の言う区別や根本問題、条約等の経過を無視ないしは触れたくないことからきている。抗議するだけでは不十分だし、まして名前で呼び合って歓心を買おうとするなど、外交としては論外である。曖昧な表現は、実は、理詰めの外交交渉力の不足の象徴であり反映である、と私は思う。
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2026年08月11日(火)
No.247
何人かのメンバーでローテーションを組んで、同会ニュースのコラム欄の原稿依頼を頂いています。私もその一人ですが、最近号では次のような文章を投稿しました。二つのうち、どちらかを選んで頂いているハズです。版権は生活と健康を守る会にありますので、趣旨は変わりませんが、文章は少し修正しています。
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●あんまり暑いので腹立ち紛れに話題にする。戦闘機が1時間飛ぶと車8年分の燃料消費、軍艦1時間なら21年分と、少し古いが資料あり。車の燃費がよくなっているとのことなので、数字は変わっているとは思うが。兵器の製造や軍事演習、まして実際の戦争ともなれば膨大な二酸化炭素排出、一層の温暖化が加速されるのでは。核兵器開発も又然り。核の使用は原子雲が太陽光を遮り「核の冬」と言われるが、開発は「核の真夏」ではないか。軍縮と核廃絶は、勿論、命と平和の為にこそ不可欠の課題だが、熱中症と酷暑防止の為にも一刻の猶予もない。当面は、自宅の電気代節約の為、スキがあれば冷を求めて大型店でモノを買うふり。平和運動も忘れずに。
●自転車で走りながら、涼を求めて強い風を期待。スピードを上げると向かい風が強くなり、してやったり。しかし、おや? 体が熱くなって却って暑くなるとはこれ如何に。今の世の中、社会の必要量とは無関係に生産一路優先だから過剰生産と浪費は必然。市電や公共バスの縮小が典型だが車の購入が社会的に強制されてきた。膨大な広告宣伝と廃棄物処理の費用とエネルギー。同時に、最大の温暖化加速要因は軍需生産と軍事演習、核開発。実際の戦争ともなればなおさら。「抑止力」は際限のない軍拡競争、一触即発の危機。どこかの国からの攻撃とやらの前に、こちとら熱中症でやられそうだ。
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2026年05月11日(月)
No.246
腰痛の医者から「歩くように」と言われていることもあって、合間を見て、連休中の一日、ハイキングというか、軽登山というか、以前からも機会があればと思っていましたが、念願の「賤ヶ岳」(標高421m)へ登ってきました。北陸本線「余呉」駅にて下車、余呉湖の東側の尾根から登りました。写真は、南西方面に広がる琵琶湖の最北東部の一部です。辛うじて竹生島も写っています。帰路は、頂上南側直下のリフトに(は乗らず、)沿った下山路を下り、木ノ本駅まで歩きました。願わくば、リフト乗り場から、東へ下山せず真っ直ぐ尾根を南下、山本山まで歩くコースがいいそうなのですが、時間もなく、今回は断念しました。
頂上や山中に、誰が砦を築いたとか、誰と誰が闘ったとか、等々の案内や標識もあり、「歴史好き」の人には、そういう時代に思いをはせる楽しみもあるでしょう。私としては、その砦に石を運んだ人たちの山登りの苦労は如何であったろうか、案内の看板には「兵士の血で余呉湖が真っ赤に染まった」とも書かれていましたが、名もなき雑兵たちは一体どんな想いで戦に参加したのか、させられたのか、といったようなことを思いながらの山中でした。刀や槍が鉄砲と大砲に変わり、今やミサイルと核兵器に変わり果ててしまいましたが、人の命を奪うことが、なぜ戦争なら英雄になるのか、科学技術の研究や発展は一体誰の為に何の為に、といったようなことを、あらためて考えさせられる登山ではありました。
忙中閑ありと、標題には書きましたが、道中にも、電話は相変わらずですし、こちらから掛けなければならない用事もあります。「きょう日中の対応は難しいです」とはご返事しながら、今どこに居ますとは敢えて言わず、電話だけで用を済ますこともできるというのは、やはり便利な世の中になったと、「サボってる」感を和らげてくれる効果もありといったところでしょうか。
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2026年03月20日(金)
No.245
知事選に向け、先日、南区の民主府市政をすすめる会の集会が開かれ、僭越ながら、私から「開会の挨拶」をさせて頂きました。その一部を紹介します(方針に係わる部分は、本当は一番訴えたいことなのですが、省いています)。
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開会挨拶 2026/3/11 井上けんじ
○ 総選挙の結果については様々な角度からの評価や分析がありうるが、選挙制度に絞って振り返ってみる。主権在民の立場から、国民の支持政党の比率がそのまま議席の比率に照応、比例配分される方法として、仮に全議席を比例代表制で選ぶとして、今回の比例代表での各党の得票率で、そのまま全議席を配分すると想定すると、今回議席→想定議席は以下の通り。自民315→171、維新36→40、中道49→85、国民28→45、参政15→35、みらい11→31、共産4→19、れいわ1→14、保守0→12、減ゆ連1→7、社民0→6、で自維は211/465の半数以下。仮にA〜E各党が、A党21%、B〜D各党20%、E党19%の得票を得、全選挙区で同じ支持割合だとすると、A党は21%の支持で全議席を独占、79%の国民の声は議席に全く反映されないことになる。歪んだ制度であることは明らか。今回も、この例のような特徴が出た。そこで次のことが言えるのでは。〔閏臈な選挙制度への改正運動が必要。自維の定数削減を許さない運動の強化を。⊆民は37%で、国民世論と国会議席との乖離は明白。高市は「砂上の楼閣」。自民に入れて「反省」している人や、今後の右傾化、軍拡・格差拡大を心配する人たちの藤井支持への、潜在的だが働きかければ顕在化する可能性。現府政は「国言いなり、国の悪政の具体化と地方自治の形骸化」。今回は、戦争と平和、暮らしと営業、実利獲得、の課題が浮上。社会保障、ケア労働、中小企業零細事業者・労働者、原発、北陸新幹線も重大争点に。国保や高校教育、子ども医療費、中小企業支援と融資、労働者施策、等々、市政とも密接な繋がり。「府政が変われば京都市政も変わる」。勿論、国にも影響。自民政治を押し返していく第一歩としての全国的意義。
○ 自主申告運動や春闘の時期。税金で言えば、自民党政府の大企業減税が自治体の減収にも連動、金融課税の優遇制度(株式収入の低税率)も然り。今後の一層の「戦費調達」増税が危惧される。税金は平和と暮らしに使われてこそ「とられ甲斐」。本来、戦費への徴税は違憲。国債濫発はインフレへの道。高市首相の「食料品消費税2年間」は却って混乱を招くだけ。それすら雲散霧消?「国民会議」は「与党PT]と同じでヌエの如し。正規の機関でも何でもない。議会で議論すればいいこと。官房機密費やギフト券問題等々。
春闘や賃上げとの関係で言えば、最賃や賃上げ中小企業への直接支援こそ府の出番。他県での実績も。かつて、革新自治体と大幅賃上げ(1974春闘)。京都市では不十分ながら補聴器補助。「地方自治」は憲法第8章、最後の方だが、前文の国民主権は府民主権だし、第3章の13条個人の尊厳や25条の「国は…向上・増進に努めなければならない…」等、教育・労働等々の基本的人権擁護は地方自治体にとっても当然。憲法実践と具体化は国だけでなく自治体にとっても責務。25条は「国と自治体は…」と読むべき。公務員の憲法尊重擁護義務は勿論知事にも府職員にも。
○ 「自民への接近」が中道後退の要因のハズ。かつて「社公合意」で社会党が右転落。煮え切らない層もおられるハズ。旧立民やれいわ等支持層の「護憲派」は死んではいない。そこにも働きかけたい。「自民と一緒でいいのか」の声を広げる。「戦争反対」「暮らし守れ」は府民多数の声。ここへ依拠。「左派=革新<民主<平和保守結集」の一環としての知事選挙。共産党と立憲との野党共闘がなくなったからとガッカリには及ばない。「共産と新社会と、市民団体」との共闘としての「民主府市政の会」や「つなぐ京都」との共闘パターンは健在。
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2026年02月19日(木)
No.244
同会の機関紙のコラム欄に、時々、記事を掲載して頂いています。最近号のものに少し手を加えました。
昔なら「大砲よりバターを」。今なら「ミサイルより米を」といったところか。「中道」と聞いて、かつての「社公合意」を思い出す。反安保の旗を投げ捨てて社会党が右転落。社共共闘もなくなり、その後、中曽根臨調行革へと続く。一路民営化、補助金カットの福祉切り捨てへ。今にして思えば、昨秋の、公明の政権離脱は、立民を右へ引っ張る布石だった?と見るのは穿ちすぎか。
かねてより私は、市民と野党の共闘ならぬ、市民と団体と野党の共闘を、と言ってきた。中道が護憲共闘の対象とならなくなった今、かくなる上は、我が生健会も、その一員とするところの、憲法をくらしに生かす「市民と団体・労組と護憲野党の全国的地域的共闘」の発展と展開を期す。
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